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2009-02-04[n年前へ]
■ピッチャー体質とキャッチャー体質 

酒井順子「入れたり出したり (角川文庫)
」より。
ピッチャー体質というのは、「聞く」よりは「話す」方が得意な、自己主張タイプ。相手に自分の投球を受け止めてもらうのが当然と思っているので、他人の球を受けるのは得意ではない。
対してキャッチャー体質の人は、どんなクセ球もワイルドピッチも受け止めようとします。クセ球をうまく身体でとめることができた時は、職人としての幸福感すら覚える。基本的にはどんな人とも合わせることができる、キャッチャー体質の人間。
誰のことも受け入れてくれる娼婦は、時に聖女にたとえられます。が、彼女は別に自費の気持ちから男性を受け入れているわけでもなかろう。能力としてできてしまうから、そしてそうするしか道がないから、来るものをただ受け止めてあげる、そのひたすら受容的な態度が、見ようによっては聖女に見えるのだと思う。
雑誌には「聞き上手は、生き方上手」なdと書いてありますけれど、聞き上手の方が、本当はよっぽどタチが悪いということも、あるのです。・・・キャッチャーはピッチャーの女房役といっても、両者の関係は実は、一妻多夫。相当したたかでないと、多夫など操れぬはずです。だとしても・・・否、だからこそ、私はキャッチャーというポジションにつく人を、これほどまでに好むわけですけれど。
2010-02-04[n年前へ]
■本当にいいものは太陽の方を向く 
北村薫の「朝霧
」
本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ。
4歳くらいの頃、長野県の野辺山という高原に越した。太陽が空に昇っている時刻には、いつも太陽の方向を向いている巨大なパラボラアンテナ=朱色の電波望遠鏡が、その高原には何基も立っていた(参考:宇宙経由 野辺山の旅
)。向日葵(ひまわり)のように、それら、離れた所に立っているいくつもの巨大なパラボラアンテナたちは、いつも太陽の方を向いていた。そんな風景の中で暮らしていた頃を思い出す。
2011-02-04[n年前へ]
■今の非常識が未来の常識 
今からちょうど31年前、西武百貨店は、糸井重里が書くコピー「不思議、大好き。」を1981年のテーマにしました。
いつの間にやら、「発達したコンピュータを介して、人の心がわかる」なんてことも、珍しいことではなくなったようにも思われます。カメラに内蔵された計算装置が「笑顔」を検出したり、コンピュータが「人の心」のつぶやきを伝える時代になりつつあります。「どんなにコンピュータが発達したって、人の心はわからない。誰かのことを好きだとか、誰かといると楽しいとか、自分でも理由なんてわからないもの。どうしてから、不思議だな。
時に、今の非常識が未来の常識、になったりもします。凝り固まらない「やわらかあたま」で眺める未来は、一体どんな世界なんでしょうか。
