hirax.net::inside out::2005年11月21日

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2005-11-21[n年前へ]

図解「「WEBコンテンツの変化」 

 LINK Tech総研ブログに図解「「WEBコンテンツの変化」を書きました。

「よくわかりません」 

> 「問題」の指摘されているモノにたいして「そーだよねそーだよね」と> いうのは簡単ですが、そこに陽を当てようとする「優しさ」も「らしい」> ですし、そのモノの可能性を「信じる」ところも「らしい」です。 さてさて、「優しい」のかどうかは…自分ではよくわからないです。なぜかというと、「陽を当てれば」良いものは生き残っていくだろうし、悪いものは消えていくだろう、と考えることもあります。それが、対象物に対して「優しい」のかどうかはよくわかりません。 また、「悪くないものになるためには、残っていかなければならないんだ」「それは、(それを残していきたいとか、なくしていきたいとか願い考える)当事者や周り次第なんだから」良くなるも悪くなるも(当事者や周りの)人次第だ、という風に「信じる」のは「優しい」かどうかは…よくわかりません。案外、「信じる」って厳しいんじゃないのかな、と思うこともあります。 例えば、いわゆる「(男の子に対する)母親の優しさ」ではないですね。「(男の子に対する)父親の優しさ(=厳しさ)」に似ているかもしれない、と思ったりもします。もしかしたら、「(女の子に対する)母親の優しさ(=厳しさ)」とも似ているのかもしれません。「こども」は一人で歩いていく力を身につけるべきだ、と考えるか、他者が守ろうとするか、という感じの違いがそこにはあったりするのかもしれません。 さて、誰しも…いえ違いました、少なくとも私は「最後の審判」が来るその日まで、自分が思う「良い」とか「悪い」とを考えながらジタバタするしかないのかもしれません。