hirax.net::inside out::07月12日

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2001-07-12[n年前へ]

今日の新明解「大空」 

 「晴れの日に野外で上を仰ぎ見た時、無限に続いて見える、広い空間。」

大丸屋上ビアガーデン 

 取手帰りに東京駅大丸屋上ビアガーデン。風が少し吹いていた。「風が吹くと少し不安になる」と一緒の二人が言った。私は「風が吹くと心地良い」と言った。面白い。

2002-07-12[n年前へ]

私の運勢 

 ジョナサン・ケイナーの星占い。from 安藤日記。(リンク

2003-07-12[n年前へ]

14ミリグラムの「いろんな気持ち」 

 あるいは-気持ちを軽くする「息抜き」化学式-です。気持ちが落ち込むときには、ため息をつくか、あるいは深呼吸をするしかないかな、というような「息抜き」空想話です。ロボットじゃない人間は呼吸をするしかないのかな、と。

すなのなかにきえたタンネさん  

 話の最後まで読む。本当にありがとうございます。

 それに、ぼくら、わすれはしないよ。やさしかったタンネさんが、ロボットになってしまったときのあの顔を。

シンクロニシティ 

 あぁ、この写真を挿絵に欲しいなぁと思う写真を眺めながら、繰り返されるシンクロニシティにちょっと驚く。

JavaScriptでWeb ページに簡単にくっつけることのできる「くっつき BBS」 

 version 0.1公開

ホフディラン 

 今日のBGMはホフディラン。自然ななりゆきのように活動休止してしまったけれど、懐かしのスマイルを聴く。

2004-07-12[n年前へ]

震源地ゲーム 

 平田オリザの「演技と演出」を読んでいる。その中に出てくる「震源地ゲーム」というものに興味を惹かれた。「(鬼以外の)全員で輪になって、輪の真ん中に鬼を置きます。輪の中の一人が-震源地-役になって、その震源地が何か動くと、同じ動きを全員がしなければならない。そして、鬼は誰が-震源地-かを当てなければいけない」 そして、障碍者が-震源地-の時には、なかなか鬼は震源地を当てられなくて、オロオロする。

 人が上手く動けないほど、「震源地ゲーム」は面白い。逆に言えば、-震源地-から全く同じように動きが伝わる世界なんてつまらない。コピー&ペーストのように、何も変わらないまま動いていくそんなものは少しつまらない。

 誰かが無意識に動いて、その無意識の動きの中に違う何かを他の誰かが見いだして、そしていつの間にか時間をかけて何か不思議な波が伝わっていく、そんな世界の方がきっと面白いと思う。

'79.10.26- 

直江喜一 ザテレビジョン別冊3年B組金八先生25周年メモリアル。生徒達、PTAを前に四人の教師が「愛とは何か」について延々と語る授業や、色んなことを語る長台詞を懐かしく、そして強く思い出したければ、買ってみるといい。現在、2級建築士・一級建築施工管理技師の資格を持つ直江喜一所長、つまりは"腐ったミカン(じゃない)"加藤優のインタビューも載っている。

 こんな話は古いかもしれない。けれど、それはとても当たり前、だって、「25周年メモリアル」なんだから。もう、ずっと昔の話なんだから。

12年経つと21世紀がやってきます。世界はより支え合わなければ生きていけない時代であります。第3シリーズ('88.10-'88.12) 12話

コインには2つの面がある 

 未来を眺めるためには、まずは過去を眺めるべき。未来は可能性の宝庫だが、過去は知識の倉庫だ。だから、今日は古い記事を眺めてみよう。

MITの最初のハッカー達の書いたプログラムは、その言語なんか関係なく、とにかく完全で、美しいものだったんだ。努力に努力を重ねて뒰꓊ꓢ꓎꓋믅뻥꒲꒿꓎꒵ꆣ쎯꒬뢫꓆ꓢꆢそれ以上改善する余地はまったくないほどにね柴田 ただ、あまりにも短く最適化してしまうと、人がそれを見たときに理解しにくいという難点がありますよねそれはそうだよ。でも、それを理解しようとする努力は、必ず報われるんだよ。努力して理解できるようになったときに、何かを学ぶことができるんだ。だから、コインには2つの面があるということさSteve Wozniak
 ちなみに、インタビュアーである当時の柴田文彦氏は某有名事務機メーカ勤務のエンジニア。つまり、Macintoshが影響を受けたAltoを作った企業系である(現在の私の)ライバル会社のエンジニア。そして、この文章中で語られている「appleの高解像度モード」がClearTypeCoolTypeグレーフォントFreeType 2にほぼそのままの形で繋がっている。「appleの高解像度モード」が作られたのが'76年のこと。他の技術はいずれも'90年代中盤以降のこと。一番早いものでさえ、20年近く後のこと。やはり、過去は可能性の元となる知識の巨大倉庫だ。

 それにしても、このインタビューの原文の台詞を知りたい。

てんとう虫 

 何だか、てんとう虫なんて久しぶりに眺めたような気がする。てんとう虫はクローバの花に埋もれている。

てんとう虫






匿名で言葉もないポイント送信はどんな感じ? 

 はてなでポイント送信の際に、匿名ではコメントを付けられなくなっている。それもやはりしょうがないんだろうなぁ、とも思う。ヘンな使われ方もしそうだものなぁ、とも思う。
 その一方で、ごく個人的には残念にも思う。これまで、はてなのポイント送信はいつも匿名だけれどもコメント付きでしていたからだ。「○×にポイントを使って欲しくて、ポイントを送信します」だったり、「×●に感謝しつつ、ポイント送信してみます」だったりした。匿名で言葉もないポイント送信はどんな感じなんだろう。

2005-07-12[n年前へ]

渋谷・品川 

 渋谷 鉢山町の一日。
 その後、夜は品川で材料屋さんと飲む。ビールをただひたすらに飲む。「inside outが始まった頃の方が好きでしたよ、身も蓋もない言葉が多くて」という言葉を聞いて、何だかとても意外で面白かったので、今日の「LINK http://www.hirax.net/diaryweb/07/12.html 」を眺めてみた。

 一年前の2004年の今日は、「コインには2つの面がある」というメモをしていた。

あまりにも短く最適化してしまうと、人がそれを見たときに理解しにくい。けれど、努力してそれを理解できるようになったときに、何かを学ぶことができる。つまり、コインには2つの面があるということさ。
というSteve Wozniakの言葉を書き写したり、あるいは、はてなの匿名ポイント送信の廃止を嘆いている。そして、今年の今日ははてなで一日を過ごしているのだから、不思議なものだ。

 二年前の2003年の今日は、今日飲んだ相手から「すなのなかにきえたタンネさん」の
それに、ぼくら、わすれはしないよ。やさしかったタンネさんが、ロボットになってしまったときのあの顔を。
という文章を送ってもらい、14ミリグラムの「いろんな気持ち」を書いている。

 四年前の2001年の今日は、「大空」を新明解でひいて、
晴れの日に野外で上を仰ぎ見た時、無限に続いて見える、広い空間
という言葉をメモしながら、東京でわきさんとビールを飲んでいる。そうか、今日はビールの日だったのか。

 そして、五年前の2000年の今日は…、あぁ「バカじゃないの、ベンチがアホばかりじゃね」だ…。これは確かに身も蓋もない言葉だ…。「始まった頃の方が好きでしたよ、身も蓋もない言葉が多くて」という人もいるのだから、人の違いは面白いものだなぁ。

渋谷・品川渋谷・品川渋谷・品川






オロナミンCはブラックライトを当てると光る 

ある研究室HP管理人のぼやき-blog ブラックライト(紫外線)を当てるとビタミンB2(リボフラビン)を含んでいる健康飲料が光りまくるようすを見せてくれる「オロナミンCはブラックライトを当てると光る」ブラックライトをあてながらゴクゴクと健康飲料を飲み干すと、強くなることができるような気がしてくるかも。


2006-07-12[n年前へ]

「努力」と「21世紀」と「いろんな気持ち」 

 from n年前へ.

12年経つと21世紀がやってきます。世界はより支え合わなければ生きていけない時代であります。「3年B組金八先生」 第3シリーズ 12話(1988)
努力して理解できるようになったときに、何かを学ぶことができるんだ。だから、コインには2つの面があるということさ Steve Wozniak
いつもより多くの「いろんな気持ち」が水に変わる。もしかしたらそれは数ミリグラムだけしか多くないかもしれないけれど、いつもより気持ちがほんの少しは軽くなるのかもしれない。
晴れの日に野外で上を仰ぎ見た時、無限に続いて見える、広い空間。   新明解国語辞典「大空」

「インサイダー取引ってなぜ悪いんですか?」 

リクナビNEXT/リクルートの転職サイト 『大学への数学』『高校への数学』『中学への算数』などでの連載でも有名な小島寛之・帝京大学経済学部助教授に、村上ファンドやライブドアの事件報道中で見聞きした「インサイダー株取引」「企業の価値」「会社は一体だれのものか?」といった話を聞いてみました。
 今回の小島寛之 助教授へのインタビューは、話の内容を全文公開したいと切実に思っているほど面白かったのです。そこで、せめて2回に分けた記事にすることで、少しでも記事に入れられる内容を増やしてみました。というわけで、小島寛之 助教授へのインタビューの第一回目です。

単なる一従業員である経営者が、会社の持ち主面をして株式市場に"物言い"をつけるのは何かヘンじゃない?
目には映りにくい「働く人の間のつながりといった社会的な価値あるもの」も、高い株価というカタチできちんとその価値が目に見えるモノにされているんだ
 …ところで、編集者に送る寸前に、実は原稿のまとめ部分の最後を変えたのです。変える前は実はこんなでした。
いつの間にか”お金大好き”カネゴンになってしまわないか心配になってくるくらいです【鏡を見ればおれカネゴン】。

2007-07-12[n年前へ]

人の動きと最適化 

 from n年前へ.

 目には映りにくい「働く人の間のつながりといった社会的な価値あるもの」も、高い株価というカタチできちんとその価値が目に見えるモノにされているんだ
 12年経つと21世紀がやってきます。世界はより支え合わなければ生きていけない時代であります。「3年B組金八先生」 第3シリーズ 12話(1988)
 MITの最初のハッカー達の書いたプログラムは、その言語なんか関係なく、とにかく完全で、美しいものだったんだ。努力に努力を重ねて뒰꓊ꓢ꓎꓋믅뻥꒲꒿꓎꒵ꆣ쎯꒬뢫꓆ꓢꆢそれ以上改善する余地はまったくないほどにね柴田 ただ、あまりにも短く最適化してしまうと、人がそれを見たときに理解しにくいという難点がありますよね それはそうだよ。でも、それを理解しようとする努力は、必ず報われるんだよ。努力して理解できるようになったときに、何かを学ぶことができるんだ。だから、コインには2つの面があるということさSteve Wozniak
 いつもより多くの「いろんな気持ち」が水に変わる。もしかしたらそれは数ミリグラムだけしか多くないかもしれないけれど、いつもより気持ちがほんの少しは軽くなるのかもしれない。 14ミリグラムの「いろんな気持ち」
晴れの日に野外で上を仰ぎ見た時、無限に続いて見える、広い空間。   新明解国語辞典「大空」
 人が上手く動けないほど、「震源地ゲーム」は面白い。逆に言えば、-震源地-から全く同じように動きが伝わる世界なんてつまらない。コピー&ペーストのように、何も変わらないまま動いていくそんなものは少しつまらない。 誰かが無意識に動いて、その無意識の動きの中に違う何かを他の誰かが見いだして、そしていつの間にか時間をかけて何か不思議な波が伝わっていく、そんな世界の方がきっと面白いと思う。    震源地ゲーム

2008-07-12[n年前へ]

名画を「パラパラ漫画」で眺めてみよう 

 博物館や美術館に行くときの楽しみの一つが、ミュージアムショップに行くことだ。見たい絵画や展示物を眺めることが一番の目的ではあるのけれど、それと同じくらいミュージアムショップに並んでいるものや書籍を眺めているの瞬間も、不思議なくらい楽しい。結局、とても長い時間をミュージアムショップで過ごしてしまうことが多い。

 下に張り付けた動画は、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた男性像の素描と、ドガが描き上げた踊り子の姿だ。といっても、有名な名画そのままの姿ではなくて、名画を素材に「パラパラマンガ」にしたものだ。こんな”アート”をミュージアムショップを散策していると、たくさん眺めることができる。誰に怒られることもなく、気に入ったものを触り眺め、自分のペースで楽しむことができる。

 画家たちが描いた名画は色々な眺め方ができる。名画そのものを素直に眺めてみたり、あるいは、少し斜に構えながら眺め楽しんでみたりする。館内で本物を眺め、本物の力に魅せられてみたり、ミュージアムショップで玩具を眺めてみたりする。そんな風に、過去と現在を交互に挟んだサンドイッチを食べるようにアートを眺める時間は、不思議なくらい魅力的だ。

2009-07-12[n年前へ]

研究レポート風 「天才バカボン」における”バカボン”の由来 

ハジメに

 赤塚不二夫のマンガ 「天才バカボン 」は、バカボンのパパ・ママ、そして”バカ”な長男バカボンと次男の天才ハジメの周辺を舞台にしたギャグ・マンガである。マンガのタイトルにもなっている「バカボン」という名前は、英語の”vagabond”(バガボンド=放浪者)からきているという説と(一例としてWikipediaを挙げる)、釈迦・世尊を意味する”薄伽梵”(バギャボン=サンスクリット語の“Bhagavad”)に由来する()という2説がある。

残念なことに、ネット上において、いずれの説が正しいのかを判断しうる資料を見つけることは難しいのが現状である。 そこで、本文章では、バカボンという名前の由来が「放浪者”vagabond”」と「(いわゆる日本語の)”馬鹿”」にあることを確認する。そして、”薄伽梵”説の(主観的)理由である「バカボンのパパの常套句”これでいいのだ”という言葉が”覚りの境地”を連想させ、仏教的な思想を感じさせること」について、「これでいいのだ」という生き方は赤塚不二夫が自身の父から得たものであることについて述べる。

本人が語る「バカボン」の由来

 「バカボン」の由来について、赤塚不二夫自身は、「バカボンド”vagabond”=放浪者」であることを語っている。たとえば、1975年9月9日に「話の特集」編集室にて和田誠を相手にしたインタビューで次のように語っている(インタビューの内容は自由国民社「赤塚不二夫の特集 (話の特集ライブラリー) 」 p.245 "赤塚不二夫 自作を語る"で読むことができる)。

 『バカボン』をやろうとした時は、(中略)もっと本格的な馬鹿を主人公にしたくて、スタッフに相談したら猛反対にあった。
 最初はタイトルも『天才バカボンド』って考えた。なんとなく幸福な世界を放浪する感じで。ところがバカボンドという言葉は日本人には縁が薄いから、バカボンになった。
 設定としては、バカボンが馬鹿で、そこに天才の弟が生まれてきて、その二人で何とか話ができると思ったけど、描いているうちにおやじが目立ってくる。それからおやじが主人公みたいになって、最後は独壇場になっちゃった。
 ここで赤塚不二夫が書く「スタッフの猛反対」というのは、本格的な”馬鹿”を主人公にすることへの心配、である。
 その経緯については、小学館の赤塚不二夫担当編集者だった武井俊樹も「赤塚不二夫のことを書いたのだ!! 」中でこう綴っている(p.121)。
(マガジンの内田編集長が)子供のバカボンの他にも、利口な子を出してくれと注文をつけた。韓国で話題の、天才少年キムが頭にあったのだ。
 赤塚も折れた。天才のハジメと、馬鹿なバカボンの組み合わせで行こう、ということになって、タイトルも『天才バカボン』となった。
 

 「天才バカボン」のタイトルの「天才」は二男ハジメを意味し、バカボンは”馬鹿”であると同時に”放浪者”も想い起させる長男バカボンを指している、というわけである。「バカボン」=「バカボンド」であると同時に、「バカボン」=「馬鹿」であることを、赤塚不二夫自身が説明しているのである。
 これに対し呈される疑問として、次のようなものがある。

ちなみに1993年に赤塚本人がテレビ番組で「バガボンド説」を言っているが、「だからパパは無職でなくてはならない」とも言っており、バカボンではなくパパを基準にしているところが疑問でもある
これは、赤塚不二夫が「(描いているうちに)おやじが主人公みたいになって、最後は独壇場になっちゃった」と語るように、赤塚不二夫の当初の意図とは異なり、「バカボンのパパ」がマンガの主人公になってしまったから、ということに思われる。「バカボン」という名前で象徴されるものが、長男ではなくパパになってしまったから、と考えるのが自然である。

 「バカボン」は、「(本格的な)馬鹿」であり、幸福な世界の放浪者「バカボンド」なのである。

「これでいいのだ」という思想

 赤塚不二夫は、自著「赤塚不二夫―これでいいのだ (人間の記録) 」(日本図書センター)中の冒頭と最後において、「これでいいのだ」という言葉について、このように書いている(p.18,p.212)。

 天才バカボンのパパがよく口にする”これでいいのだ”は、ぼくのおやじの生き方と共通するものがある。果たして、”これでいいのだ”という人生をおやじは生きたかどうかはわからないが、少なくともそういえるような生き方を目指したことはたしかだと思う。
 おやじの死の間際、ぼくの言った「おやじ、もういいよな!」に対して、おやじは声にならない声で「うん」と答えた。あれはきっと「うん、これでいいのだ」と続くはずだったのではないか、と思う。
 また、「バカボン線友録!―赤塚不二夫の戦後漫画50年史 」の中では、もっと端的に
バカボンのパパのモデルは、僕のオヤジだ。パロディー化して、似ても似つかないけれど、オヤジの「精神」は込められている。
と書いている。
 赤塚不二夫の父は、終戦後4年間シベリアで抑留生活を過ごした。赤塚不二夫は、その時代以降ずっと”これでいいのか?”と父は父自身に問いかけていたはずだと「こでいいのだ」の中で書いている。”覚りの境地”を連想させる「これでいいのだ」という言葉は、そんな生き方をした父から赤塚不二夫が得たものなのである。「バカボンのパパ」は赤塚不二夫の父なのである。

サンスクリット語“Bhagavad”と英語”vagabond”の祖先が共通である可能性

 「サンスクリット語と英語の祖先は共通である。だから、サンスクリット語“Bhagavad”と英語”vagabond”の祖先が共通である可能性もある。それならば、”バカボン”の語源が”vagabond”でもあるならば、“Bhagavad”との類似点があってもおかしくない」という考えを支持する人もいる。

 確かに、サンスクリット語は、インド・ヨーロッパ語族という大語族のインド派に属し(ピエール=シルヴォン・フィリオザ「サンスクリット 」)、音声・文法・語彙などの面から、サンスクリット語や英語は古代言語”インド・ヨーロッパ語”から派生したものであるという説が有力である(アンリエット・ヴァルテール「西欧言語の歴史 」藤原書店)。

 しかし、サンスクリット語“Bhagavad”が、”恵まれた”ということを意味するサンスクリット語”bhaga”から派生しているのに対し、英語”vagabond”は、”はっきりしない・さまよう・曖昧な”という意味をさすラテン語の”vago”に由来している。語感が似ているという考え方もあるが、この2つの言葉の由来となる語句の意味するところは、大きくかけ離れていると言わざるをえない。したがって、サンスクリット語“Bhagavad”と英語”vagabond”の祖先が共通である可能性は低い、と判断する。

おわりに

 赤塚不二夫「天才バカボン」の”バカボン”の由来は「放浪者”vagabond”」と「(いわゆる日本語の)”馬鹿”」にある。また、「これでいいのだ」というバカボンの思想は赤塚不二夫の父から(赤塚が)得たものである。

 バカボンのパパの言葉は強靱な哲学です。それは人間を、不必要な後悔や罪悪感から解放して、より自由に世界を眺める手立てを教えてくれます。辛いときにこの言葉を呪文のように唱えてみることをお勧めします。

四方田犬彦「指が月をさすとき、愚者は指を見る―世界の名科白50

2010-07-12[n年前へ]

エクセルで楽しく・わかりやすくシミュレーションをしよう!? 

 基本的には表計算ソフトなら何でも良いのだが、エクセルを使って静電計算を行ったり、非定常3次元伝熱計算をしたりすることができるようになる、という実習講習会を今週する。毎年、夏が始まるこの季節に、そんなシミュレーション実習講習会の手伝いをしている。

 だから、夏が始まる前にはいつもエクセルのテクニックを調べたり・関連ツールを作ったりする。…そして、いつもエクセルを少し嫌いになったり・あるいは面白く感じたりする。

「Excel」上で動作する手軽な歴史シミュレーションゲーム「極小三國志」 というものを知った。

 「極小三國志 for Excel VBA」(以下、「極小三國志」)は、中国の後漢末を舞台にした簡易的な歴史シミュレーションゲーム。「Microsoft Excel」(以下、「Excel」)2003/2007に対応するフリーソフトで、編集部にてWindows 7上の「Excel 2010」で動作を確認した。作者のWebサイトからダウンロードできる。

 「極小三國志」は、魏・呉・蜀の三国が覇を争った“三国志”の時代を舞台にした歴史シミュレーションゲームで、「Excel」上で遊べる VBAマクロとして実装されているのが特長。
 こちらの方は、VBAで実装されていたり「歴史シミュレーション」だったりする違いはあるが、エクセル上で行う「シミュレーション」であることには同じである。

 エクセルを使い、楽しく・わかりやすくシミュレーションをして遊んでいる人・働いている人も多いことだろう。「私はこんな風にエクセルを面白く使っている」という話を聞きたい今日この頃だ。

2011-07-12[n年前へ]

総額200円で作るマイ・ラブホ的”プラネタリウム・ジャグジー” 

 暑い夏を節電モードで乗り切るために、送料無料で4258円ナリのビニールプールを買いました。夏の日差しでわずかにほんのり暖められた水に入ると、蒸し暑さに耐えきれない気持ち100パーセントの時でも、不思議なくらい気持ちが心地良くなります。

 その快適さを、太陽が出ている時間だけでなく、星と月しか見えない夜にも味わいたくて、ビニールプール用「照明キット」を買って・作ってみました。部材を買いに行ったのは、もちろん100円ショップのダイソーで、総予算は百円玉ふたつでトータル200円ナリの照明キットです。

 ダイソーで手に入れたのは「7色に色を変えつつ光を放つLEDグラデーション・ライト」と「白色半透明の(汁もれ防止用)パッキン付きお弁当箱」の2つのセットです。7色LEDグラデーション・ライトを光らせて、弁当箱に入れ、透明蓋側をプール底に向けつつ弁当箱を水面に浮かべると、プール底だけを幻想的に照らすイルミネーションのできあがり、です。そんな水面を7色の光で照らしつつプカリプカリ動いていく電気製灯籠に照らされつつ、「夏の夜空と夜空に浮かぶ月」だけを見上げていると、どこかの異世界に佇(たたず)んでいるかのように思えてきます。

 …と、暑い昼時にそんな話をしていたら「星座が輝く星空の下で、七色に光るプールにひたるだなんて、ほとんどラブ・ホテルのジャグジーですね!」と言われました。…そのツッコミを聞き、なるほど街中にありつつも「どこかの異世界」を提供するのがラブホというものなのだったか、と再認識させられました。

 関東で、テキ屋のバイトをしていたのと同じ頃、関西でラブホテルのバイトをしていた。夏の祭りの昼と夜、水に浮かぶスーパーボールをすくおうとする子どもを眺めていたのと同じ頃、おとなたちが訪れる春過ぎのラブホテルの中で、昼や夜に空を眺めていた。

 テキ屋をしながら見上げた空も、ラブホテルのバックヤードで待ち時間に見上げた空も、どちらも日常のようで非日常のようで、時間割で割り切れないような不思議な感覚で、それがとても心地良かった。

ラブホテルのバックヤードから見上げた空

 というわけで、今日の紹介は、200円で作るマイ・ラブホ的”プラネタリウム・ジャグジー”です。プラネタリウムが好きだったり、海が好きだったりするあなたには、とてもお勧めの夏休みの工作です。たとえば、この水に浮かぶカラー・イリュミネーションを、何セットか浮かべ、水の中でさまざまな色を混ぜてみたりするのも、綺麗で楽しい実験になるかもしれませんね。

200円で作るマイ・ラブホ的”プラネタリウム・ジャグジー”200円で作るマイ・ラブホ的”プラネタリウム・ジャグジー”200円で作るマイ・ラブホ的”プラネタリウム・ジャグジー”200円で作るマイ・ラブホ的”プラネタリウム・ジャグジー”






2014-07-12[n年前へ]

[今日見た景色] 西伊豆、田子の造船所のずっと奥にある海 

 西伊豆、田子の造船所のずっと奥にある海に久しぶりに行ってみた。台風が通り過ぎたばかりの海水はかすかに冷たいけれど、浮かんでいると限りなく心地良い。

 このあたりから2kmほど歩くと、映画「ガリレオー真夏の方程式」のメインロケ地にもなった浮島(ふとう)がある。映画「ガリレオー真夏の方程式」はメインストーリーは全然印象に残らなかったけど、「ぼくの夏休み」風のシーンが何だかとても良い感じで面白かった。…というわけで、浮島集落に行き「事件現場」ならぬ「ひと夏」の夏休みの舞台に足を伸ばして行ってみた。十数年前に来たことがあるような気もするけれど、火山が作り出した海辺の風景がスケールが大きくて良い感じ。

 ところで、このWEB日記(どうやらもうとっくの昔に死語らしい)の「n年前へ」リンクを眺めてみると、今日のn年前にも、色んな景色を見ていたようだ。新明解国語辞典の「空」の定義や、ちょうど10年間の今日、伊豆長岡の本屋で買った「ザテレビジョン別冊3年B組金八先生25周年メモリアル」や、14ミリグラムの「いろんな気持ち」…日記はある種の実験ノートで、振り返り眺めてみると実に面白い(福山雅治ガリレオ風)。

 晴れの日に野外で上を仰ぎ見た時、無限に続いて見える、広い空間。
新明解国語辞典「大空」
 12年経つと21世紀がやってきます。世界はより支え合わなければ生きていけない時代であります。
第3シリーズ('88.10-'88.12) 12話

[今日見た景色] 西伊豆、田子の造船所のずっと奥にある海[今日見た景色] 西伊豆、田子の造船所のずっと奥にある海[今日見た景色] 西伊豆、田子の造船所のずっと奥にある海