hirax.net::inside out::08月08日

最新記事(inside out)へ  |   年と月を指定して記事を読む(クリック!)

2019年7月 を読む << 2019年8月 を読む >> 2019年9月 を読む

2000-08-08[n年前へ]

港が見下ろせる小高い公園 

リンク

2001-08-08[n年前へ]

愛媛県教育委員会 

 何で、東京に続いて養護学校で採用なのでしょう?誰か教えてください。お願いします。by グルぐる

2002-08-08[n年前へ]

国道246号の終点近くで 

 いつ撮った写真家よく覚えていないのもあるので、とりあえず貼り付け。
 これは今日撮った写真。国道246号の終点近くで。いや、まさか車を運転しながらだなんて。(リンク

今日見た青空 

 これは今週の火曜日位だったかな。
 駐車場の芝生に座って空を眺めてみた。箱根の麓のこの辺りはちょうど「夏の終わり」の空気を感じる。(リンク

小さな港 

 西伊豆の県道からちょっと離れたほんとに小さな小さな港で。
 海岸と県道が離れているような場所には海水浴客も人も来ない。行ったのは先週の日曜日、かな。(リンク

久々の海 

 人がいない海で魚とちょっと遊んだ。観光客があふれる季節には、ここは人がいなくてなかなか良い場所。(リンク

ハイウェイスター 

 この写真から車の速度と撮った座席位置が判ったりして、怒ったりする人がいるのかしらん。とりあえず、夏のような秋のような空。(リンク

246から見た夕焼け 

 これは何時撮った写真だったっけ?とりあえず、景色から見るに246桃園付近から見た夕焼け。(リンク

何処かの交差点 

 これも何時の写真だか全然覚えてません。が、とにかく何処かの交差点で夜に撮った写真ですねぇ。見たまんまですが。(リンク

夕立の後の夕焼け 

 スコールのような夕立の後の夕焼け。鰻屋さんが海の向こうの小さな島見たいに見えた。(リンク

首都高速で 

 案内板が魅力的なみどり色に光ってた。これはちょい前にHさんとザウスに行った時の行きの車の中から。渋滞にはまってザウスに着いたときには12時近く。だけど、天気が良かったので渋滞でも気持ちは良かった。(リンク

行きの渋滞中 

 というわけで渋滞中。(リンク

帰りの渋滞中 

 こっちは帰りの渋滞中。(リンク)(リンク

Thinkpad T30 

 今のところ、Portrge3490とThinkpad T30の二本立て。Thinkpad T30のタッチパッドはなかなか役に立つ。といっても、単にボタン代わりに使ってるだけだけれど。
 何しろ、東芝ノートのマウスボタンは上下に並ぶ、のが好きな私としてはThinkpadの左右に並ぶのは耐えられないのである。親指を変な風に曲げて、なんてちょっと不自然。
 というわけで、単にタッチパッドで右クリックをする、と。タッチパッドさまさま、なのである。
 で、今のところT30 on Windows 2000は「重い・不安定」なのだった。今のところは…。

久々に 

 ちょっと全然余裕がなくて、久しぶり。書かないと怒る人もいるし。

2003-08-08[n年前へ]

色んな景色 

 今日は色んな景色がp@hirax.net宛に届いています。誰かが歩きながら眺めた景色もあれば、台風が近づく何処かの場所で眺めた「今日見た景色」もあります。そして、CRTの向こうの「今日見た景色」だってあります。

 このCRTの向こうの「今日見た景色」なんかの場合には、「同じ景色」を眺めた人も多いかもしれません。いえ、多くはないかもしれないけれど少なくともほかにも何人かは「同じページ」を眺めたはずです。だけど、その景色の額縁は見る人それぞれ違うのです。そんな違う世界が人の数だけ確かに何処かにあるわけです。それは、なんだかちょっと不思議でとても面白いことだなぁ、と私は思います。同じ景色を眺めていても、それを包みこむ世界は人それぞれ違うんだなぁ、とそんなCRTの向こうの「今日見た景色」を眺めながら今更ながらに考えてみたりするのです。

 もちろん、そんなことはきっとちょっと考えれば当たり前のことなのでしょうけれど、こんな風に自分と違う世界から眺めた「同じ景色」を形にして見せられると、何だかちょっと新鮮に感じるのです。こんな「あなたが眺めたCRTの向こうの今日見た景色」をぜひぜひ真似して送ってみてもらいたいなぁ、と思います。

 そういえば、今日山手線に乗りながら、人の多さにちょっとビックリしつつ、こんなに人が多い街でいつか知っている人とすれ違ったりする確率はどの程度あるんだろう?などとずっと考えていたのでした。同じ景色をCRTの向こうに眺めていても、それを包み込む世界は人それぞれ違うように、同じ景色をとても近くで眺めていてもそれを包む世界はやはり人それぞれ違うのだろうか?いつか一瞬でも世界が重なり合うことはないのだろうか?と考え込んでいたりしたのでした。

「取手の空」「黄色い花」「品川の空」 

「取手の空」「黄色い花」「品川の空」「取手の空」「黄色い花」「品川の空」「取手の空」「黄色い花」「品川の空」






続「美人化」連打物語 

 カメラ付き携帯電話で動く美人フィルタの話の続き。 …「まずカメラ付きの携帯電話で女性の写真を撮らせてもらうわけだ」「で、美人化ボタンを何度か押してその変化を本人に見せてみるというのはどうだろう?」「そして、最後に元の画像(撮影したそのままの女性の顔)と比べて、ホ〜ラこんなに美人になったろう?と見せてみるのはどうだろう?」「喜ばれないかなぁ?ほ〜ら、君をこんなに美人にしてあげたよ!ってさ」
 「う〜ん、それってむしろスッゴク怒るんじゃないかなぁ?」「元がつまりブサイクだって言っているようなものじゃないの、それじゃぁ…」
 「それなら、いっそ美人化した状態をデフォルトにした方がいいんじゃないの」「撮影したら、もう表示するときには美人になってる、っていう風にさ」
 「なるほど」「だけど、人によって何段階美人化したら良いかは違うだろうしなぁ…」「一段階美人化したら、もうものすごく美人で、それ以上やるとやりすぎっていう人もいるだろうし」「逆に、何段階美人化してもまだまだ美人になる美人発展途上国の住人だっているだろうし…」「それって、何だかめちゃくちゃ失礼な話だけど、確かにそうかもしれないなぁ…」(続く)

2004-08-08[n年前へ]

大掃除開始 

 忙しいときには、多くの人が現実逃避で掃除を始める。私もその例に漏れず、ふと思い立って部屋の掃除を始めた。とにかく、捨てよう。最近電源を入れていないオーディオは一式全て捨てよう。二十世紀に捨ててくるはずだったCRTも全て捨てる。古いPCも捨て捨て、だ。

 TEAC TASCAM 244も捨てよう。KORG Poly-6も捨てよう。KORG M1も捨てよう。KORG MS-20も捨てよう。今では(偶然全て)ソフトで実現できてしまうわけだし…。もったいない気もするけれど、過去より未来、だ。

日吉駅前 

 今日は6km走る。昨日の等々力球技場前から、暑さでヘタりながら(脳内妄想的に)日吉駅前辺りまで。

科学教材社 

 色んな科学雑誌の巻末と言えば科学教材社の広告を思い出す。今では、光学関連はないのかな?それはちょっと残念。

携帯電話ストラップの中でミニ植木鉢 

 携帯電話ストラップの中に小さな小さなミニ植木鉢が入っていて、植物を育てるなんていう癒し系の優れもの。  from 古今東西製品情報

「成功確率」と「幸福度」軸上のデスマーチ 

 「ソフトウェア産業におけるデスマーチ現象を「成功の可能性」と「幸福度」という2軸でマッピングする」と…こんな四種類に。

沼津千本浜近く 

沼津千本浜近く沼津千本浜近く






漱石が牛耳る・野次るを一般的にした 

 漱石が牛耳る・野次るを一般的にした

牛耳を執る」が動詞化して「牛耳る」となったのですが、この言葉を最初に文章に用いたのは夏目漱石だったようです。 漱石はこんな言葉を使うのが好きだったようで、「野次る」も漱石がはじめに文章に取り入れた言葉として知られています。

「理論」と「物理」 

 「理論と実際」と題したシンポジウムに関して、「理論」という言葉が「物理」というように題名が変わった講演に対して先日書いた内容に、

でも私(と好夫さん)の頭の中では、理論と物理は同じもの。
こんなツッッコミが。そういえば、「しかし、ほんとにベクトルの変化があったのかどうかは謎です。単に間違えただけかも」と、いうツッコミもあった。
 そこで、背中に汗をかきながらカタカタ返事を打ってみる。
なんと 理論 = 物理だったとは、うがちすぎでしたか…。よくあることかもしれませんが、そんな誤解が積み重なった方が面白いものが生まれるかもしれません、…と、自分を正当化しておくことにします。
 面白いものだ。私の頭の中では、「理論物理」と「実験物理」という言葉があるように、理論=物理でもないし、実験=物理でもない。実験はノイズが多すぎるし、理論はノイズが少なすぎる。理論+実験≒物理のような感じもするが、それだけでは不十分な気もする。少なくとも、私の頭の中では「理論 = 物理」ではない。そんな違いは面白い。

 「理論と実際」と題したシンポジウムを開催した主催者も、理論=物理ではないに違いない。だからこそ、シンポジウムは「理論編(午前)」と「現実編(午後)」に別れているわけである。だから、午前の「理論編」の講演者の頭の中が「理論 = 物理」であるならば、それは素晴らしく講演の趣旨に合っていたことになるのだろう。「理論+現実≒物理」という式を、「理論=物理」と書き換えるベクトルが講演者たちの中にはあったのかもしれない。  もちろん、今回もまたうがちすぎかもしれないけれども。

「懐かし〜い食べ物」と写真ケーキ 

 今日のふと疑問。懐かし〜い食べ物に出てくるような紙ニッキみたいな写真デコレーションケーキって売れているんだろうか?

水星は土星よりも遠い 

 「土星に行くより水星に行く方が大変。更にいえば、実は水星に行くのは太陽系を脱出するより大変なんです」という水星は土星よりも遠い

Videogame Music Archive 

 Videogame Music Archive.メドレーを集めたものもある(Ex. ドラゴンクエスト http://www.vgmusic.com/music/other/miscellaneous/medley/DW2.mid ) from はい こちらサポセン。

Looking Glass DesktopをWindowsで動かす 

 Looking Glass DesktopをWindowsで動かす。  from ishii-k の ChangeLog 日記

「ブロガーに捧げる書」 

 「ブロガーに捧げる書」 from アイーダゆつお「ひまねただもの」

2005-08-08[n年前へ]

武蔵小杉・渋谷 

 午前は武蔵小杉で、午後は渋谷。夕方近く、色んな話を聞きながら「大きい会社と小さい会社の違い」について、少しばかり考える。同じように、「年をとった会社とまだ若い会社」の違いについて考える。大きさや年が違う二つのものが、どんな風に違うか(あるいは同じか)ということは、結局眺める人の「思い入れ(込み)」が決めるのかも、とふと想像してみたりする。

武蔵小杉・渋谷






「楽しいプログラミング」 

 「楽しいプログラミング

…プログラミングが楽しく感じることがあります。…でも、僕はこの状態に自分が陥ると、危機意識を持ってしまいます。簡単な方へと逃げているのではないか? …成長していないのではないだろうか? …  「ひげぽん OSとか作っちゃうかMona-」

名作映画の関心空間 

MOVIE DB 「ミュージカル、アドベンチャー、ラブロマンス、SFから、豪華絢爛な歴史絵巻まで、古今東西名作映画の数々を関心空間のシステム上に収録した」というMOVIE DB. 映画同士が「共通点」を通じて、繋げられている。~ 懐かしいたくさんの映画が、短い言葉を介して紐で繋がって浮かび上がっていく。そんなものを眺めていると、懐かしい昔のことなどが色々と浮かび上がってくるかも。

2006-08-08[n年前へ]

「信じることと問いかけることの違い」 

 いつものように週間SPA!を買い、鴻上尚史の「ドン・キホーテのピアス」を読む。一人暮らしの女性が少ないことに鴻上尚史が驚いたところから始まり、カルト宗教などまで。

 信仰が人を育てるのは、信仰が「信じること」ではなく「問いかけること」だからです。神の言葉を伝える人はいても、神そのものが語らないから、人は「問いかけ」るしかなく、そこで思索的になり反省し思慮深くなるのです。 簡単に結論のでないやっかいな問題を、神の一言で片付けることは、思考し、反省し、成熟するきっかけを手放すことです。 「問いかける」対象が、簡単に答えを言うようになれば、人間は思考を放棄しバカになるのです。     「今の若者は孤独と不安への耐性がない」

2007-08-08[n年前へ]

Wikiの不評 

 画像処理とWikiをフェミニンに包むプログラムを作り、ノートPCで動作させつつ、周りの人に意見を聞いてみる。Wiki部分が実に不評。というわけで、化粧直し中の8/8。from n年前へ.

 簡単に結論のでないやっかいな問題を、… 「問いかける」対象が、簡単に答えを言うようになれば、人間は思考を放棄しバカになるのです。
…プログラミングが楽しく感じることがあります。…でも、僕はこの状態に自分が陥ると、危機意識を持ってしまいます。簡単な方へと逃げているのではないか? …成長していないのではないだろうか? …
 午前は武蔵小杉で、午後は渋谷。夕方近く、色んな話を聞きながら「大きい会社と小さい会社の違い」について、少しばかり考える。同じように、「年をとった会社とまだ若い会社」の違いについて考える。

2008-08-08[n年前へ]

LEGO Mindstorms NXT でロボット開発 

 リアルタイムOSであるOESK RTOS(TOPPERS/OSEKをLEGO NXT 向けに移植した nxt OSEK)で動く LEGO Mindstorms NXT を見ていると、自分でも色々なロボットを作ってみたくなる。たとえば、下の動画は Simulink(…と各種ToolBox) でロボットの制御プログラムを書き、Embedded Coder Robot NXT で LEGO Mindstorms NXT 用にコンパイル・実行したものである。まさに、昔子供(こども)だった大人心をくすぐる「大人の玩具(おもちゃ)」だ。

 もちろん、Simulink といった値の張るツールを使わずとも、複雑な色々な制御を短時間にコーディングしようと思わなければ、制御プログラム開発はできそうだ。というわけで、「nxtOSEKアプリケーション動画」の数々を眺めていると、小中学生のこどもの「夏休みの課題」にかこつけてLEGO ロボットを購入し、ロボット・ハッキングで真夏の暑い夜を過ごしてみたくなる大人も多いはず。

2009-08-08[n年前へ]

「本の重版」と「何かを作り出す作業」 

論理的にプレゼンする技術 (聴き手の記憶に残る話し方の極意) 」が重版されます。重版に合わせて、「色合いが見づらいグラフ」がありましたので、そのグラフについて修正作業を行いました。(こうした方が良いよ、と)修正点について指摘を頂いた方には、心から感謝しています。

 ふと、こんなことを思います。凡人たる私たちは、良いと思えるものを作るには、良いと思えるものへと近づけるには、「作って・修正するという作業を、ただただ繰り返す」ことしかないのかもしれません。結局のところ、そんな方法が一番のそして唯一の凡人にとっての王道なのかもしれません。

2010-08-08[n年前へ]

プレシジョンベース+iPhone+電子工作=FUN 

 ベース・ギターを弾いてみたくなり、フェンダーのプレシジョンベースを借りました。早速、夏休みの宿題・課題曲を練習しようと思ったのですが、ベース・アンプを通した音でないと何だか気持ち良くありません。
 そこで、ベースの練習はさておいて、ベース・アンプを手に入れる作業をし始めました。つまりは、「何かしなければならないことがある時には、掃除をなぜかしたくなる」というような、つまりは「逃避行動」に走ったのです。

 とはいえ、まったくベース・ギターを弾くことができないのに、いきなりベース・アンプを買う気にもなれません。そこで、iPhone/iPad用アプリケーション、AmpliTube for iPhoneを使って、iPhoneをベース・アンプにしてみることにしました。

AmpliTube iRigは、iPhone/iPod Touch/iPadをギター・アンプ & エフェクト・システムに変貌させる、画期的なソリューションです。
 さあ、ギター/ベース、iRigと、iPhone/iPod Touch/iPadを持って出かけましょう。いつでも、どこでも、弾きたい時が、ロックする時です。

 AmpliTube iRigには、使用可能なアンプ・エフェクターが少ないFREE版があります。そこで、まずはそのFREE版を使ってみることにします。…問題は、ベース・ギターの信号をiPhoneに入力するハードウェアです。いずれは、専用の接続キットを買うにしても、まずは適当に自作をしたいところです。接続自体は、下のような感じで、iPhoneのヘッドホン/マイク入力コネクタに入れてやれば良いのすが、アッテネータを入れなければならないようです。

 そこで、たとえば、こういった具合の回路を介する必要があるわけです。

 さて、どうしたものかと考えていると、似たような回路を前に量産し・ガラクタ置き場にしまっていたことを思い出しました。そこで、コネクタ部分だけを買ってきて、アッテネータは以前作ったものを流用することに決めました。

 ふと気が付くと、本当の夏休みの宿題はベース・ギターの練習だったはずなのに、いつの間にか電子工作をしている自分がいます。…というわけで、まだまだ「夏休みの宿題 迷走記録」は続きます。


2012-08-08[n年前へ]

時間で計られた報酬を貰うのは「サラリーマン」とは言いません!? 

 「サラリー(salary)」とは「行った仕事に支払われる報酬」で(仕事をするのに)かけた時間に対し支払われるものでなく、「作業時間に対して支払われる報酬」は「ウェイジ(wage)」だと言われます。

 だとすれば、「人月」という単位でお金が流れる場所にいる状況は、きっとサラリーマンではないのでしょう。もしも時間で報酬が計られるなら、それは(サラリーでなく)ウェイジ・マン…なのかもしれません。

 大正時代、サラリーマンという和製英語が言葉が生まれた時代には、「サラリーマン」は確かに(時間でなく仕事量で量られる)サラリー(salary)を手に入れる人(man)でした。大戦を経て、 昭和に入り…いくつもの変化を経た後、時間給(wage)を手にする人も(元々の意味から外れて)「サラリーマン」と呼ばれるようになったのです。

 「サラリーマン」という和製英語が使われはじめたのは大正時代の半ば。工員や店員などと区別された職員(月給取り・ホワイトカラー)で、旧制中学校などの中等教育以上の学歴の者たちの職業だった。

サラリーマン誕生物語

 21世紀の日本から、サラリーマンと呼ばれる(けれど、ある意味では実はウェイジマンな)プログラマが、大正時代にタイムトリップしたとしたら…一体どんなことを考えるのでしょうか?

 サラリーマンという言葉が誕生した大正時代から、その「報酬体系」は時代を反映して色々な変化がありました。そんな時代背景や変化を眺めてみると、ちょっと興味深いと思います。